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那覇市の歴史の二つの顔

沖縄県はかつて琉球王国という独立国でした。王府(首都)は首里に設けられていましたが、那覇はその主要産業である近隣諸国との貿易を担う要でもあり、日本と琉球王国、東アジア、東南アジアなどとの中継貿易港として栄えたまちでもあります。王府主導により、貿易のための立地を整えたまちでもあり、各種伝統工芸が栄えたまちでもある那覇は、古くから沖縄県における重要な都市でもありました。

廃藩置県による王府解体を経て、発展してきたのは伝統工芸や商業文化などの市民の文化でもありました。しかしそれも戦争という影に隠れてしまいます。十・十空襲を経て、沖縄戦を体験した那覇市は、戦時中に大きく破壊されてしまいます。戦後は米軍統治下の中での復興でしたが、沖縄県民、ナーファンチュ(那覇の人)独特の明るくバイタリティ溢れる人間性を持って、この暗く長い時代をしっかりと乗り越えてきたと思います。その間那覇市は復興を行いつつも、周辺市村を合併編入する形で市としても成長を続けてきました。

戦後復興のシンボル「国際通り」や米軍統治下の終焉、日本本土復帰。かつての那覇の人々は多くの苦難を喜びに変える力をもって、明るい未来へと繋げてきました。現在でも問題が全くない都市ではない那覇ですが、今後も明るく陽気に次代へと繋げていくことでしょう。バイタリティ溢れるまち、それが那覇市でもあるのです。